2013年06月01日

黙(もく 黙っていた方が伝わることもあります) 

黙っていても伝わることがあります。
黙らなければ伝わらないこともあります。
多くの言葉で語っても伝わらないことを、円をもって表現した「一円相」があります。
そして、さらに進んで、今度は「沈黙」をもって真実を表現します。
ただし、沈黙することは語らないことではありません。
「黙」に対して「語」という二次元的な考え方ではないです。
「黙は雷のごとし」というくらい、「黙」の中に「声なき声」を聞くのです。

あなたは何かを伝えたいとき、それが本当に大切なことの時、「黙」して伝えたいことがありますか?
そして「黙」した人の声を聞いていますか?
暮らしの中にとけ込んだら、さしずめ「目は口ほとにものをいい」と思ってください。

なお次回は「一円相」について書きます。
posted by 鳥居観音 at 21:42| 方丈さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月01日

水急不渡月(水急にして月を流さず)

これは、いかに水の流れが急で激しくても、月はそんな水に流されることなく、平然と水の上に影を落としているという意味の句です。
この水の激しい流れは、毎日様々な激しい妄想や欲望に悩まされている私たちの心です。
しかしそれにもまったく動じない月の姿は、私たちが持っている本来の自己、すなわち仏性のことです。
そのため、この句は、私たちが持っている本来の自己・仏性は、つねに不動で揺るぎないものである、ということを示したものです。

そこで求められるものは、日々に生じている雑念や喜怒哀楽といった感情というものを、本来の自己というもう一人の自分から見つめて、いかに自由に扱っていくかということでしょう。
雑念や喜怒哀楽といった感情に流されないためには、どんな激流であっても流されることのない月、すなわち私たちが持っている不動の心を求めて、そこに立脚することが必要です。
posted by 鳥居観音 at 21:04| 方丈さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

礼拝得髄(らいはいとくずい) 仏かならず、人をあわれむことあり

自分の生命をこの世に誕生させてもらい、生まれて今日までの生命を育んでくれた宇宙の生命には、目に見えぬが驚くべき力があります。
自分が自分でこのありがたい宇宙の生命体に合掌したりすると、宇宙は必ずこれに感じ応えて、その人を守り育てようとしてくれるのです。
純情な心で「ありがとうございます」と合掌しつづけていると、思いがけないすばらしい縁が周りに起こってくるのです。
幸福を求めていろいろな考えをめぐらし、計画をたて実行するよりは、まずは自分の生命の根本である宇宙の生命体に感謝し合掌する方が、よほどすばらしい幸福が得られることは確かなことです。
不思議な救いの力があることは事実であります。
毎日、礼拝して感謝する人に宇宙は感応して、その人に必ずあたたかい慈悲を給わって下さるのです。
posted by 鳥居観音 at 20:57| 方丈さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする