2013年11月09日

鳥居観音例大祭について

鳥居観音では、例大祭を春季(4月17日)、秋季(11月17日)の二回行っております。例大祭は、鳥居観音にある本尊聖観音菩薩への報恩感謝を表す法要の大祭です。

例大祭が行われる春、秋の時期は、境内には自然の恵みに満ちた樹木が美しく彩っており、心を癒してくれています。

【春:救世大観音】
4月 桜_R.JPG

【秋:境内】
11月紅葉_R.JPG

また、お彼岸の期間でもあり、ご先祖様への感謝と共に菩薩行を会得する時でもあります。幸いに鳥居観音境内には、霊験ある多くの観音菩薩像や佛像が建立され、昔より霊場として示現して参りました。これらは、まさに世の人々の幸せなることを願い、それを成就されてきたことは、霊場のご加護によるものと痛感しているしだいです。
現在、例大祭には多くのご参詣者が来山されるようになりましたことは、誠にありがたいことと思っております。かのうようなしだいで、例大祭の法要時には、いつもご参詣者への家門繁栄、家内安全、身体堅固、心願成就等を心より観音様に祈願いたしております。

何卒、例大祭にはお気軽にご参詣くださいますよう、お待ち申し上げております。

合掌
posted by 鳥居観音 at 17:53| 方丈さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月02日

百尺竿頭に一歩を進む(目標達成の次はどこに進むか)

百尺竿頭に一歩を進む
(ひゃくしゃくかんとう)

悟りを求めて修行を積み、高く高く進んでもうこれ以上先がないところが「百尺の竿の先」。
そこまで行っても満足せずもう一歩先に行け!というのは「進 一歩」です。
しかしその先はもう竿がないのですから進めない。どうするのでしょう。

後ろに進むのです。
悟りの境地を得るためにひとり向上したその修行を、一歩進めて「後退」し、人々のために尽くすところに降りていく。
退くこともまた前進です。
そのくらい「進 一歩」は大切。あなたの日常にもあるはずです。

合格した時、結婚した時、大金を手にした時、資格を取ったとき、目標を達成した時に、それに満足して歩みを停めないことが重要です。
その位置に満足して立場に留まり執着すると、失うことの悩みが始まるのです。

人生には常に次があるのです。
posted by 鳥居観音 at 22:00| 方丈さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

歩歩是れ道場(人と状況の対応で、人格を磨け)

「歩歩」とは、一歩一歩、歩きながら、ということです。
また、私たちの日常における行動のすべてを指しているといってもよいでしょう。

「道場」とは、厳密にいえば、釈尊が悟られたインド・ブッタガヤの菩提樹の下の金剛座といわれる場所ですが、一般には仏道を修行する寺院などの場所をいいます。
「歩歩是れ道場」とありますから、歩くところすべて、日常の行いすべてが道場であるということを意味します。

日常の自分の行動の一つひとつが修行であり、仏道の発現の場であると心得ていれば、ことさら金剛座に座らなくとも、修行道場にこだわらなくてもよいのです。たとえば、仏教では、慈悲の心を説きますが、日々において、人に慈しみの心を持って接することが修行であり、その場が道場なのです。
それは自分の人格を磨き、状況を変える力となるのです。

「歩歩是れ道場」の類似語に「歩歩清風起こる」があります。
一歩一歩の歩みに清らかな風が足もとから吹き起こる、という意味ですが、人を慈しむ日々の行為には、清風が吹いています。
posted by 鳥居観音 at 15:29| 方丈さんのお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする